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星野源の恋がYELLOW MUSICである理由

自身も出演したTBS火曜ドラマ『逃げる恥だが役に立つ』の主題歌で、Billboard Japan Hot 100では通算11週に渡り首位に立ち続け、ダンスは社会現象へ。日本ゴールドディスク大賞ではゴールドに認定され、第89回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に選出された、

泣く子も踊るダンスポップ。

売れた売れた。

引くほど売れた、星野源の9枚目のシングル、それが

 

(追記:日本ゴールドディスク大賞/ソング・オブ・ザ・イヤー・バイ・ダウンロード(邦楽)おめでとうございますいい加減にしてくれ) 

 

改めましておはようございます、もー と申します。今回は『恋』です。

この楽曲のうち、作曲家・編曲家、星野源としての評価もおにくそ高く、ご本人もラジオや雑誌等で沢山お話ししていらっしゃったため、割愛。いや、聞いて下さいよ、知ってました?

歌詞が、エグいほど素晴らしいんですよ。

それでは参りましょう、星野源で、恋。

 

 

営みの 街が暮れたら色めき

ド頭からこの歌詞、流石は星野源だなあと思っていたのですがこの、営み。

やはり致す、という意味も確実に含まれているのでしょうが、音楽というものは、営みの中から自然と生まれてくるもの。

ここにおいての“営み”は“生活”という意味であり、この表現をもろ示しているのが、生活の一部を切り取ったような 1stアルバム、ばかのうた。

ばかのうた

ばかのうた

このたったひとつの言葉だけで、ソロデビューした当時の自分と、現在の自分が繋がる、と。

また、ふとした瞬間に生活の中から生まれる恋を、表しているのではないでしょうか。

 

町ではなく、街であることにも意味があるようで、この“まち”は、“生活を営むための”商店が並んでいる様子を表す語であり、また、街のほうが比較的華やか、というニュアンスがあるようです。

色めく。これ、時節が来て華やぐ、とか活気づく、という意味を持つのですが、そう考えると街であることに合点がいく。

そう考えるとこの頭の歌詞一行、全てが繋がりを持っており、曲へのワクワク感がいっそう高まってくるんですね。

 

風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ 意味なんか ないさ暮らしがあるだけ

運ぶわ、とないさ、の語尾。

“わ”というのは主に女性が使う話し言葉で、軽い主張や決意などを表すもの。伝統文化の一つである、狂言の中にもセリフが残っており、古くから使われていたことがわかります。

“さ”は江戸時代初期に武士、つまり男性が使い始めたとされています。

つまりこれ、男女の会話なんです。

 

以後でてくる“君”と“あなた”

“君”は男の話し手が同輩以下の相手を呼ぶ語で、同輩以下と見ているのは妻、とどのつまり亭主関白の暮らし。 あなたは夫婦間で妻が夫を呼ぶ語。

この歌詞の殆どが、夫婦である二人の会話によって成り立っています。

また、時代にそって様々な形へと変化していく恋、そのものを示しているように感じます。

 

風が運ぶ、という表現。日本人ならではの言葉だと思います。

後に出てくる白鳥は運ぶわ、と重なり、風を走る鳥たちの姿を表す、情緒溢れる歌詞の一つであり、カラスが鳴くから帰りましょ、との言葉の通り、人々の群れはそれぞれの暮らしへ帰って行く。

ちなみにこの暮らし、日が暮れるまで過ごす、という意味があるのですが、昔は日が暮れるのが、仕事を終えて家へ帰る目安だったようです。

だけ、という語尾は毎日繰り返す些末な日々を、またその中に生まれる小さな幸せを表しているように思います。

 

ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ

ただ、は普通、当たり前のこと、という意味。

生きるために人間は食事をする。生きるために君のいる家へ帰る。

このただ、は二つの事に掛かっており、当たり前である日々の食事も、君の元へ帰るという当たり前のことも、日常の一部になっている。

腹が減ったら当たり前のように君の元へ帰る、また、空腹を満たしてくれる存在が、君であり、君が必要だということを表しているのだと思います。

ひとつ前の、意味なんかないさ、から、これらの事には意味がないほどに、当たり前であることがわかります。

 

物心ついたらふと 見上げて思うことが この世にいる誰も 二人から

色めく空、そして風を走り抜けていった先程の鳥たちをふと見上げた、物心がまだついてまもない子ども。

今を生きる全ての人は夫婦の間から生まれている、という普段は口にしにくい事を、さらっとメロディーに乗せ、日本中で歌わせてしまう星野源

やってくれたなあ、という想いでいっぱいです。

 

胸の中にあるもの いつか見えなくなるもの それはそばにいること いつも思い出して

胸の中にあるもの、やはり“恋”と考えていいと思います。恋の相手は、一緒に生活ができない者に限られるようです。意味は特定の異性、または同性を強く慕い、切なくなるほど好きになること。

胸の内に秘めているからこそ恋であって、さらけ出してしまうと愛へと変わってしまうんですね。

見えなくなるもの、思いは行動に移さないと相手に伝わらない、とよく説教されるものです。そもそも恋というものは見えないわけで。

放っておけば、自らの心の内にある思いを忘れてしまうかもしれない、と。

 

いつか、は過去、そして未来を指し示す言葉です。

今までの恋、これからの恋。異性同性を問わない恋の形だけでなく、老若男女、様々な時代を踊り、生きる全ての人に捧げる歌なのだ、と改めて星野源さんの言葉を思い出すことができます。

全ての人に当てはまる、ラブソング。

 

また“もの”は、者と物のどちらにも捉えることができ、

者だと相手をさす、つまり、胸の中で思い続ける人、またいつかは死ぬという宿命にある人間を示す。また、物だと先程ご説明したとおり、恋を示していると思われます。

 

ちなみに、この“もの”という言葉は“こと”と対となる関係にあるそうです。

“それ”が指しているのは恋とその相手であり、相手を、想いを、恋というそのものを、いつも思い出し、忘れないで、と。

逃げるは恥だが役に立つに登場する、津崎平匡のように、自分がするものではないと決めつけ、想いを塞ぎ込んでいた、恋を、思い出して欲しいと訴えているのではないでしょうか。

彼を演じた星野源さんだからこそ歌うことができる曲なのかと、改めて感じることができます。

 

君の中にあるもの 距離の中にある鼓動

相手の中にある想いは、自分と等しいものであるのか、まだこのサビでは女性の気持ちを確かめられていません。

距離は、長さという意味もありますが、ある程度以上に親密な関係になるのを拒み、意図的につくる壁という意味もあり、自分の想いが相手に伝わらなかったら、相手とは違っていたら、と動き出すも、後退してしまう様子を表しているように思います。

しかし鼓動は、震え動くことを意味し、その中でも相手へ向かってひとつづつ近づこうとする力強い動きを指し示しています。

 

恋をしたの貴方の 指の混ざり 頬の香り 夫婦を超えてゆけ

ここでようやく、恋という語がでてきます。ようやく、“あなた”にしていたものは、恋であったと気付くんですね。

 

指の混ざりは恋人つなぎ。頬の香りがするほど近くにいる、つまり接吻でしょうね。

この二つができる関係、つまり恋人は、その肩書きを超えて夫婦に、そしてそれ以上になれ、と言う意味だと思われがちですが、

必ずしも夫婦という形が一番ではない、ということを示し、今までご説明した通り、様々なパートナーのあり方を肯定しているのだと思います。

そのあり方は夫婦をも超えており、事実婚同性婚など多岐に渡るものです。

 

“ほお”ではなく、“ほほ”。“いけ”ではなく“ゆけ”。

これはやや古めかしく、文語的な印象を持たせるために使われるもので、日本の中での恋のあり方を再確認させられるような、言葉だと思います。

 

みにくいと 秘めた想いは色づき 白鳥は運ぶわ 当たり前を変えながら

みにくいと白鳥から考えられるのはやはり、ご存知、みにくいアヒルの子

他のアヒルと異なった姿のひなが生まれ、周囲からのいじめに耐えられず、家族の元から逃げ出し、他の群れでも醜いといじめられながら一冬を過ごす。生きることに疲れ、殺してもらおうと白鳥の住む水地に行ったひなは、いつの間にか大人になっておりそこで初めて、自分は美しい白鳥であったことに気付く。

押さえつけた自分の想いは醜い、また、恋のせいで嫉妬などの醜い想いを抱いてしまう。

そんな自分の醜い姿を、恋は変えていき、自分よりも相手を守るという今までのあたりまえではなかったことを、あたりまえにしてしまう力が、恋にはある。

また、悪とされるカラスが立場の弱い者を表していることに対し、美しい白鳥へと歌詞が変わっていくのも、そのうちの一つかと思います。

 

恋せずにいられないな 似た顔も虚構にも

抑制が効かず、どうしても恋してしまう、愛おしい人と顔の似た者。

 

虚構は、フィクション、つまり星野源さん自身も大好きなアニメや漫画の世界を示しているように思います。

よく、彼女は画面の向こう側にいるだとか、彼、一つ下なんだよね、次元が、という話を聞きます。私もそうでした。

それはそれで、立派な恋なんです。人を愛して、それを追いかけて、なぜ悪い。

大好きな世界を潤し、広めるための等価交換である、貢ぐということは、一つの愛の形なんです。

ここには、自分も大好きな、虚構の世界に生き続ける方々への敬意が込められているのだと思います。

 

愛が生まれるのは 一人から

ここで出てくる、愛。

愛すると恋をする、というのは似たようで全く違うもので、 恋を超えたものが愛だと。

一番と二番を終え、恋によって生まれ変わろうとし、一歩ずつ歩んでいることがわかります。

愛はどうしようもなく いとおしく、いつくしく、恋よりもずっと尊い

恋によって動かされたものが、愛を生み出していく。そんな当たり前を変えていく恋の姿を描いているのだと思います。

 

泣き顔も 黙る夜も 揺れる笑顔も いつまでも いつまでも

ここ、一見、泣き顔は哀、黙る夜は怒、揺れる笑顔は喜と楽で、喜怒哀楽を表しているように思えるのですが、揺れる、という言葉の意は、不安定な状態を示しているようなんですね。

つまりここは二人の不仲、つまり別れ際を表しているのではないでしょうか。

いままでと違うCメロでくる事に意味があるわけですね。こうして3度目のサビに入っていくことで、次の恋へと進んでいく、と。

 

最後のサビ、つまり人生最後の恋は、一生を添い遂げる相手であり、いつまでも、つまり永久を約束する訳なんですね。

なるほど、末永く。

 

夫婦を超えてゆけ 二人を超えてゆけ 一人を超えてゆけ

一人の想いよ動き出せ、一人の力で針を回せ、次の君に繋がれ。

恋の原動力の大きさは計り知れないもので、一人も、二人も、超えていくことができるほどの力を持っている、と。

 

 

そして“恋”は、英語には訳せない、日本人の感性によって育てられてきたもの。 

つまり、“恋”はどうしようもない程のYELLOW MUSICだという事が分かります。

 

恐るべし、星野源

 

恋